1928年から1931年にかけて16両が製造された現在の阪堺電車では最古の車両。
同時期に製造されたモ151形が単行運転用だったのに対し、モ161形は連結運転用の車両として登場し、1929年から1960年まで、平野線で連結運転を実際に行っていた。
後に3両がモ301形に転出、2両がモ151形から転入し、15両となった。これに伴い、多くの車両で改番も行われている。
1970年代からは阪堺でも冷房化工事が開始されたが、このモ161形は強度不足により、冷房化は行われていないため、夏季の運行は朝のラッシュ時にあるのみで、運行休止状態になる。
車体広告は一昔前までは頻繁に見ることができたが、現在はファン個人によって広告として塗られている上の写真の旧南海色のみ。
近年になり、一部車両に廃車が出ているが、いまだに10両が現役。夏場を除けば昼間でも1〜3両は運用についているが、堺市のLRT開業後のこの形式の処遇が心配される。
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